井上靖の作風と受賞歴

『わが母の記』は、井上靖の実の母が老いの境地に入ったことを、井上靖が晩年の短編三部作として『花の下』『月光』『雪の面』と書いています。これの三部作は井上靖のただひとつの私小説でもあります。三部作の中で老いていく母の様子を冷静に観察していて、もうろく(耄碌)という言葉を使ってボケた様子の母親を冷たく突き放して描写しています。決して美化されずに書かれた作品なので、井上靖の作品としては非常に珍しい作品です。

小説は現代を舞台とするもの『猟銃』、『闘牛』、『氷壁』に、自伝的色彩の強いもの『あすなろ物語』、『しろばんば』などがあります。そして、井上靖を代表する、歴史に取材したものに大別されます。歴史小説は、日本で特に戦国時代『風林火山』、『真田軍記』、『淀どの日記』です。中国ではとりわけ西域を題材にした『敦煌』『楼蘭』『天平の甍』などのものを多く描いています。巧みな構成と詩情豊かな作風は今日でも広く愛されていて、映画にドラマそして舞台化の動きも今でも私たちを魅了しています。

歴史作品を中心に各国語に翻訳されています。日本ペンクラブ会長時代には、しばしばノーベル文学賞の候補とされていました。読売新聞は平成24年(2012年)3月にノーベル委員会のペール・ベストベリー委員長に取材していて、「井上靖が、非常に真剣に討論されていた」といったコメントを得たことを報じています。

『しろばんば』『夏草冬涛』『北の海』は、井上靖自身がモデルの主人公・伊上洪作の、幼少から青年になるまでの自伝的な作品です。『しろばんば』は静岡県伊豆湯ヶ島(現伊豆市湯ヶ島)で過ごした幼少時代の、『夏草冬涛』は旧制沼津中学校の生徒だった頃の、『北の海』は沼津中学卒業後の沼津での浪人生活の1年近くの日々を描いたもので、その日常、あるいは旧制第四高等学校の練習に誘われて、寝技主体の柔道、いわゆる高専柔道に明け暮れる洪作が生き生きと描かれています。

井上靖の周囲に実在した人物がモデルとして多く登場していて、特に『しろばんば』中に登場する、曽祖父の妾で洪作とは血の繋がらない「おぬいばあさん」(実在の名は「おかの」)との生活は、井上靖の人格形成を語る上で欠かせないものになっています。

『私の自己形成史』の中での【自然との奔放な生】には、「この少年時代を過ごした原籍地の伊豆が私の本当の意味での郷里であり、ここで私という人間の根底になるものはすべて作られたと考えていいようである」と記しています。旭川で生まれはいますが、靖自身も郷里は伊豆だと述べていることもあり井上靖の名簿などには、出身地は静岡県となっています。井上靖自身が自分のプロフィールを書くときには、出生地:旭川。出身地:静岡県と区別して書いていました。

著作の一つ『蒼き狼』の執筆の動機として、井上靖が旧制中学生の頃に「成吉思汗は源義経也、非ず」という論争が『中央史壇』で行われていました。そして靖が第四高等学校へ進学した時に、その友人がこの論争について言及していた事をきっかけとなり、帝国大学へ進学してから『中央史壇』におけるその記事を読んで関心を持った、という事を新潮文庫『蒼き狼』のあとがきに書いています。

井上靖には、身の回りの人達から聞いた話の中で面白そうな話を膨らまして小説にしたことが多いと言います。そう思いながら読み進めてみると、別の楽しみ方ができるのではないでしょうか。

井上靖の作品をもっと見る

受賞歴

  • 昭和11年(1936年)・・・第1回千葉亀雄賞。作品:『流転』
  • 昭和25年(1950年)・・・第22回芥川賞。作品: 『闘牛』
  • 昭和33年(1958年)・・・芸術選奨文部大臣賞。作品:『天平の甍』
  • 昭和34年(1959年)・・・日本芸術院賞。作品: 『氷壁』
  • 昭和35年(1960年)・・・毎日芸術賞。作品: 『敦煌』『楼蘭』
  • 昭和36年(1961年)・・・第12回野間文芸賞。作品: 『淀どの日記』
  • 昭和39年(1964年)・・・第15回読売文学賞。作品: 『風濤』
  • 昭和44年(1969年)・・・第1回日本文学大賞 作品: 『おろしや国酔夢譚』
  • 昭和44年(1969年)・・・ポルトガル・インファンテ・ヘンリッケ勲章
  • 昭和51年(1976年)・・・文化勲章、文化功労者
  • 昭和55年(1980年)・・・菊池寛賞
  • 昭和56年(1981年)・・・NHK放送文化賞・仏教文化賞
  • 昭和57年(1982年)・・・日本文学大賞 作品: 『本覚坊遺文』
  • 昭和60年(1985年)・・・朝日賞
  • 昭和61年(1986年)・・・北京大学より名誉博士号
  • 平成元年(1989年)・・・第42回野間文芸賞 作品: 『孔子』

泣ける映画特集

 

井上靖作品 その1

詩集

  • 昭和26年(1951年)・・・『傍観者』 新潮社 のち潮文庫『夏花』集英社文庫
  • 昭和33年(1958年)・・・『きたぐに』 東京創元社 のち新潮文庫(文庫化では『北国』と改名)
  • 昭和37年(1962年)・・・『地中海』 新潮社2
  • 昭和42年(1967年)・・・『運河』 筑摩書房
  • 昭和46年(1971年)・・・『季節』 講談社
  • 昭和51年(1976年)・・・『遠征路』 集英社
  • 昭和54年(1979年)・・・『井上靖全詩集』 新潮社 のち文庫
  • 昭和57年(1982年)・・・『井上靖シルクロード詩集』 日本放送出版協会
  • 昭和59年(1984年)・・・『乾河道』 集英社
  • 昭和60年(1985年)・・・『シリア沙漠の少年』 銀の鈴社
  • 平成2年(1990年)・・・『星闌干』 集英社